ようやく・・・
電気が通って、ネットに繋がった。
内陸部だったので津波の被害はなかったけど、停電でラジオ以外の情報入手手段が無く、今TVを見ながら改めてとんでもない地震だったと思い知らされる。
生活面では物資面で何かと不自由すると思うけど、沿岸の壊滅した地区を思うと贅沢な話しだろう。
仕事の面では、通常業務までまだかかりそう。使っている印刷機、紙諸々取引先はみな仙台に事務所があり、兎に角ガソリンが足りなくて動けないらしい。
今日16日前後から電気が各地で通り始め、電話が鳴り始めるが、皆対応したいが動けないとのこと。会社にいけず、でも、とりあえず自宅から会社に電話を掛けてくる営業さんもいる。
何トンもある大小諸々の印刷機や関連機材が地震で動き、元の位置に戻したり検査をしないといけないが、どのメーカーも動けないし、それらを動かすための専門の運送業者が海岸に近いところにあり、全く連絡がとれないとのこと。完全復旧まで全く見通しが付かないし、多くの人と連絡がとれない。

会社はめちゃくちゃに物が散乱し、大きな余震が頻繁に起こり、その日は取りあえず危険なので帰宅。
甥っ子が風邪で入院しているために休暇をとって自宅にいた兄と、食料確保に営業しているコンビニでカゴいっぱいにカップメンなどお湯で食える物を買う。皆、食料の確保に奔走しているのだろう。停電で止まっている信号機がむなしい国道4号線及び各道はいつもより車の量が多いほど。しかし、これも2日くらいで、その後はガス欠で車もめっきり減る。ガソリンスタンドには長蛇の列でそれが道を塞いで非常に危険だった。

震災翌日は土曜日で本来は休みだが、会社と自宅が近い私は、散らかった仕事場を片付けに出社し、午前中を中心に後は家の手伝い。結局今日まで休み無しで会社で片づけをする。
夜は7時頃には真っ暗で寝るしかなく、充電してあったPSPでしばし時間を潰して寝る毎日。普段やらない力仕事で身体は疲れて、月、火あたりはつらかった。十分な睡眠が取れるようになったのは火曜日の夜で、16日水曜日はかなり楽になった。
震災当日の夜は、余震が止まる気配なくひっきりなしに地鳴りをともなって襲ってくるので、全く眠れなかった。

情報源はラジオと新聞で、隣県の福島の原発のニュースが鬱陶しい。親戚と友人が多賀城(石巻の隣)にいるので、安否が気になる。
取引先と仕事のやり取りをし、届いたFAXの日付が11日午後14:01。その会社は津波の被害にあった。電話でやり取りした女性の方は無事だろうか?
この時期、地元で行われる「桜まつり」は中止と、商工会の人が早々にやってきて告げられ、担当者の人が落胆する。
中には、関係各位に集金して回るから納品時期を教えてくれとか、空気読めない人もいる。お役所仕事で自分の与えられた仕事を誠実にこなそうとするのは、わかるが時と場合があるということくらいは少しは考えて欲しいものである。まぁ、この場合向こうがお客様なので、はいはいと言う事を聞くしかないが・・・。
ほとんどの仕事は、選挙、総会や催しの延期及び中止で、延び延びなり可及的速やかに何かをしなければならない事態は回避できたが、このままでは給料にも影響するし、今後会社がどうなるかもわからなくなる。
仙台方面の被害が大きいので、あるいは特需が発生するかもしれないが、それに対応できるほど人がいるわけではない。
年度末から年度始めは、うちの会社的に一番忙しくなる時期だが、はてさてどうなることか・・・。

私の住んでいる地区は、宮城県南部の内陸部で、他の地区に比べれば天国と言える。早急に必要な物資はないが、どこもガソリン不足でこれだけでも何とかならないだろうか・・・。
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by Millicent | 2011-03-16 19:03 | その他
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